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宋文洲のメールマガジンバックナンバー第309号(2016.09.02)

事実という嘘

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1.事実という嘘(論長論短 No.276)

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■1.論長論短 No.276

事実という嘘
宋 文洲

目の不自由の方々が象を囲んでこの珍しい動物がどんなものかを調べることにしました。
調べた後、それぞれの人が象について以下のように述べました。

「象は扇子のような動物だ」。耳を触った人が言いました。
「象は柱のような動物だ」。足を触った人が言いました。
「象は蛇のような動物だ」。鼻を触った人が言いました。
「象は壁のような動物だ」。胴体を触った人が言いました。

・・・・・・同じ動物を調べたのに、十人十通りです。

この「盲人摸象」という寓話を私は小学校の教科書で知りました。
同じ事実であっても見る人の主観と限界で異なるものとして認識され伝えられてしまいます。だから特定の話をそのまま信用せず、現場で直接見聞することや複数の話をクロスチェックすることが重要であると教えられました。

組織や世間の人物評はほとんど盲人摸象と同じです。実際にその人物と接触していれば世間での評判がまるで違うことはよく分かります。その実態と異なる評判や印象は時には一部の事実からの誤解や拡大解釈によるものですが、多くの場合、一部の事実を利用して恣意的に操作されるものです。

報道や評論において一番重要なのは事実ですが、最近、その事実は情報を発信する人の立場、シナリオおよび思い込みに沿ったものしか使わない傾向がますます強くなってきました。英国のEU離脱国民投票の際、離脱派が挙げたEUにいることで受ける損失は毎週3.5億ポンドに及ぶという主張は事実ですが、彼らはEUにいることで得られる利益という事実について一切触れないのです。

米国共和党大統領候補のトランプ氏ともなれば、彼が主張している事実の多くは実際に事実ではないことが多いのですが、彼と同じ思いを抱く市民にとってはその事実の真否を調査する意欲も暇もありません。まあ、クリントン氏も似たようなものです。

中国崩壊を予想する人たちは自分の論調を裏付けるための数字をたくさん見付けるのですが、IMFの予想とほぼ一致する中国のGDP統計を信用できないと言うのです。崩壊予想に沿う数字ではないからです。最近、中国のGDP統計だけではなく、なんと日本のGDP統計も信用できないと言うのです。

先日、任命されたばかりの地方創生・行政改革担当大臣の山本幸三氏が、「日本政府統計は各省間でまったく調整が取れていない。その結果、日本のGDP統計はどこまで信用していいか分からない。」として、経済統計のやり方を変える方針を明らかにしました。

安倍政権以来、GDP平均成長率が0.6%に留まり、着任当時の目標にはほど遠いだけではなく、過去「失われた20年」の平均よりも低いのです。この数字の低さを山本大臣が「信用できない」ため、もっと高くなるような統計が必要だと言うのでしょう。

政治だけではありません。投資と経営も事実という嘘に支配されています。
失敗する投資と経営は決して事実を無視したわけではありません。都合の悪い事実を無視し、思い込みに合う事実を選択するからです。損切りできない投資家が毎朝起きてまず探すのは「下がるはずはない」事実でしょう。

成功体験を持った経営者の多くは成功の偶然性を認めず、自分の能力や人格を過剰に評価する傾向があります。そのため普段よくビジョンや信念を語るのです。
そうしているうちに自分のビジョンや信念に反する事実や数字を無視するようになり、報告する人もいなくなるのです。

評論家ならともかくとして、実際に国、企業と資金を管理する人たちにとって、走ってきた象という事実を扇子や蛇という事実として対処していれば、踏み潰される結果が待っています。事実は言うのは簡単ですが、シナリオに沿って選別された事実ほど殺傷力のある嘘は他にありません。

(終わり)

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