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宋文洲のメールマガジンバックナンバー第351号(2018.05.11)
米中の動きから目を離せない年
皆さんがこのメールをご覧になっている時、私は既にボストンで借りたアパートに入居し、そろそろ時差が治るところでしょう。今年前半は中国に居た時間が長かったのですが、後半は米国に居る時間を増やそうと思います。
今年は米中の動きから目を離せない年です。経済も政治も基本的に米中の競争と協力によって結果が生まれる時代で米国一極時代と違うのはその結果の予想が難しいことです。
朝鮮半島で起きたことはまさに米中協力によるものでした。以前も触れたように、昨年のトランプ訪中の際に既に米朝の接触が始まっていたのです。その交渉の過程で見せた北朝鮮のミサイル発射はまさに交渉術であり、米中の協調制裁はまさにそれに対する反論でした。
国内政治に利用することしか考えない日本政府と違って、朝鮮半島で戦争を起こさない決意は中国と韓国にあります。当然、北朝鮮も戦争の結果を誰よりもよく知っているはずです。米国も戦闘に勝てるのですが、ベトナム戦争以上に戦争に勝てないことを知っているはずです。朝鮮半島と中国だけではなく、世界全体を敵に回した上、「米国を再び偉大に」のスローガンは戦費で泡となって消えるでしょう。
「いつかきっと」と思いながらも、やっと東アジアからも冷戦の残骸が消えてなくなることが現実的になってきます。何とも言えない興奮と希望を抱く人は日本人には少ないと思いますが、中国人、韓国人そしてロシア人にはたくさんいます。新しい経済圏が形成されるからです。
中朝国境の街の丹東市では不動産がここ数週間で急速に値上がりしました。瀋陽と大連から丹東までの高速道路は昔から完成しており、ほんの3時間で北朝鮮に入れます。ロシアと北朝鮮は国境を跨る大橋の建設を議論しています。北朝鮮はロシアとも陸続きであることを忘れてはいけません。韓国となれば言うまでもなくあれこれと平和条約後に備える動きをしています。
米中が手を取り合って東アジアの政治地図を一変した一方で、米中間の競争も激しさを増しています。その代表は現実味が増す「米中貿易戦争」です。
以前もここで申し上げたようにTPPのような多国間交渉は米国の貿易赤字を減らすどころか、むしろ増やす結果になるため、トランプ氏が参加するはずがありません。自由貿易なんかは言い訳に過ぎず、自国に不利だと確信すればどんな貿易でもやめる権利があります。双方が得することは貿易の一番重要なルールです。
長期的に見た場合、中国の対米貿易黒字はいつか解消しなければならない問題です。双方の違いがあるとすれば単なる解消の方法と時間だと思います。米国が赤字そのものではなく、中国の技術と産業の競争力を落とすような方法をとっている現状からみれば、交渉は困難を極めるでしょう。今年の世界経済の最大のリスクは北朝鮮やイラン問題ではなく、米中貿易交渉でしょう。「貿易戦争」になるかどうかは単なる言葉の問題で、実態は既にかなり深刻に進んでいます。
経営者の人生が長かったトランプ氏はB/SとP/Lの感覚は体に沁み込んでいるでしょう。あれだけの財政赤字を抱えながら大幅の減税を行えば、どこかから穴埋めを探さないと破綻するに決まっています。貿易黒字国から税金の穴埋めを取るのは一石二鳥です。最大の黒字国中国に焦点を当てるのは当然ですが、第二の黒字国、しかも昔から米国貿易から黒字を稼いできた日本は簡単に逃れることはできません。
ただ、世界一のGDPを持つ米国が、世界一の貿易規模を持つ中国に制裁を科すことによって米国自身がどんな影響を受けるか、世界全体がどんな影響を受けるかについては前人未到のエリアです。交渉が纏まらず双方がふらつくまでやりあうリスクが存在します。それが今年と来年の世界経済の最大の心配事です。
冷戦時代よりも米国一極支配の時代よりも現在の世界はより予想が困難です。協力と競争が交差する時代では判断と発想のパターン化は禁物です。最後にまた余計な一言を言わせてもらいますが、たぶん日本の政治家と大手経営者の多くは未だに米国一極(あるいは冷戦)時代の感覚に染まっているでしょう。最近、それがよく「蚊帳の外」と表現されるのですが、本質は「蚊帳の外」ではなく、「古い蚊帳の中」なのです。
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