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宋文洲のメールマガジンバックナンバー第359号(2018.08.31)
大理での出会い
この秋から、米国の大学に在学中の長女が、14人のアメリカ人同級生とともに上海の復旦大学に留学しました。今日の宋メールは彼女に書いてもらいました。
(宋文洲)
大理での出会い
宋 紅叶
一週間ほど前から大学の交換留学で上海に来ていた私は、プログラムの一貫として中国雲南省の大理に訪れました。引率する教授が選んだ宿はリンデン・センターと言って、古くからの大理伝統の建築物をそのまま利用した素敵なホテルです。
到着した夜、教授が私たちをホテルのロビーに集めると背の高い優しそうな白人の男性がやってきました。旅行客かと思いきやなんと彼がこのホテルのオーナーだというのです。
彼はブライアン・リンデンと言ってシカゴの貧しい家庭で育ちました。18歳の時から掃除の仕事を始め、その稼ぎで夜間大学に通っていました。ある時、彼は貯めたお金で中国へ旅行に行きました。それが彼と中国との縁の始まりでした。
旅行を通じて中国に興味を持った彼は試しに中国政府の全額奨学金を申請してみると、なんと成功しました。1985年にブライアンは晴れて中国政府の招待で中国の大学で勉強を始めました。当時としてはとても珍しいことでした。
留学中の彼は米国CBSの報道カメラマンとしてアルバイトを数年間やりました。その経験から中国の魅力、歴史の深さを感じたと同時に、世界の中国への理解の浅さにも気づいたそうです。
中国の大学を終えた後、ブライアンはスタンフォード大学の全額奨学金をも獲得し経済学部を卒業しました。そのキャリアがあればアメリカでそれなりの収入を得て不自由のない暮らしもできましたが、彼はチャンスをくれた中国に恩返しをしたい一心で中国に戻ったそうです。
その後、中国の文化遺産を守る手伝いがしたいと、大理の国家文化遺産財に認められている土地に外国人として史上初めてホテルを建てることに成功しました。その他にも、彼は中国全土で中国政府と協力しながらいくつかの施設をデザインしています。
全ての施設は地元の人をスタッフとして雇い、レストランで使用されている食材などは全て地元のものを使用しているそうです。なぜなら、彼は国家文化遺産として認定されている土地の特色を守り続けながら、旅行者にもその美しさを味わってもらえ、地域も活性化させられるようなコミュニティーを作ることに人生を賭けているからです。
ブライアンの人生に私が深く惹かれたのは、彼の目には私が見たことのない中国が見えていたからです。日本で生まれ育ち、高校からアメリカで教育を受けている私は、中国人ながらも中国についてしっかりと学んだことは無く、世界が持っている中国へのステレオタイプというフィルターを通して中国を見ていました。
しかしながら、ブライアンの経験、そして中国への思いを聞いて、恥ずかしながらも自分よりもブライアンの方がよほど真の中国人だと認識しました。また、私の父も中国政府の奨学金で日本に留学したということもあり、ブライアンと父の人生に共通点をたくさん見つけました。
父がよく「中国政府からの恩は返しきれない」と私に話してくれましたが、アメリカ人であるブライアンの口から同じ言葉が出た時、私は何かに気付かされた気がしました。私が中国に対して持っていたネガティブな視点はただの偏見でしかなく、私自身で中国についてきちんと学ぶ必要があると気付かされたからです。
私は今大学で経済を専攻しています。私からすると、経済の授業には他の科目では無かった面白さ、そしてやりがいがあり、将来はビジネスの世界で何かをしたいと考えています。アメリカの大学の授業では中国の経済についてよく話しますが、中国社会の変化とグローバル化について触れることはありません。
変貌を遂げる中国社会についてブライアンは、「今の中国にはビジネスチャンスを生かし大金を稼ぐビジネスは沢山あるが、I want to be a dreamer, not only a businessman」と言っていました。
私はその通りだと思います。私が将来どこに住み、どんな仕事をするかはわかりませんが、ブライアンのように、損得よりも夢を持って生きたいと思います。